1971年2月23日火曜日

悪い友達にさそわれてお金をとりました

庄山仁くん行方不明事件

1969年(昭和44年)2月23日、失踪。
失踪当時14歳

午後2時すぎ、制服・制帽姿で、
長崎県佐世保市の自宅を出たのち、消息が不明。
今もなお未解決。


行方不明当日の午後6時半ころ、
仁くんの制帽を持った見知らぬ男が訪れ、
「この制帽の子にお金を盗られた」と伝える。
この男は少年刑務所を仮出所し、クリーニング店員として働いていた。

翌日の昼ごろ、無理やり書かされたと思われる
仁くん自筆の手紙が父親あてに届く。


「前略 心配かけてすみません。悪い友達にさそわれて、人のお金をとりました。
中には四十万以上も入っていましたが、僕は少ししかもらっていません。
学校の方は、僕の気持ちがおさまるまで、病欠にしていてください。
すぐに帰っておわびいたします。
どうかさがさないで下さい。仁」




■訪問男の話
「午後3時半ごろ、場所は市内の道路。
側溝に車輪を落としたバイクを、2人の少年がひきあげようとしていた。
手伝おうと、ジャンパーを脱ぎ、道路わきに置いた。
少年の1人が、いきなりジャンパーを奪って逃げ、中学生も続いた。
ジャンパーの内ポケットには、46万が入っている。
遅れた中学生を追いかけ、ズボンのポケットにはさみこんだ制帽を取ったが、
2人とも取り逃がした。
制帽の名前をたよりにここへ訪ねてきた。」


■不審点
金の出所が「自宅の床下に埋めておいた」というが、
男の家族は誰も知らなかった。
わずか4ヶ月前、2年間の少年刑務所を仮出所して
クリーニング店員で働く彼がどのようにして手に入れたのかは不明。

バイクを引き上げる際に現金を奪った逃げたとされるが、
目撃者が誰もいないのと、上着のポケットに現金があることを少年らは知るはずもない。

男が言った場所にはバイクが落ちた形跡がまったくなかった。

制帽から実家を突き止めた点。

■警察は誘拐事件と判断
事件の翌日にはおおがかりな山狩りをし、次の日に、仁君の公開捜査。
男を厳重に取調べ、ウソ発見器にもかけたが、決め手はなかった。

男が庄山家を訪れる際、道を聞いた近くの商店で、
その30分ほど前、別の3人組が庄山家を訪ねてきていた。

庄山家は1年後に佐賀県藤津郡に引っ越した。